2014年03月の記事一覧

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03/12

ドムチェに続いてプナカではツェチュというお祭りが11日から13日まで3日間行われた。ブータンに仏教を広めたグルリンポチェのお祭り。各県で月の10日頃に3-5日ほど行われる。県によって行われる月は異なる。
朝から夕方まで仮面をかぶった僧侶による舞踏や演劇が行われ、間では地元の人によるダンスも披露される。
ツェチュ2
ツェチュ4
ツェチュ7

初日は夕方に行ったので比較的すいていたが、二日目の昼に行った時はあまりに人が多くて見える場所に行くのもなかなか困難。2階のバルコニーに上がるのも大渋滞。
ツェチュ3
ツェチュ10
ツェチュ1
ツェチュ8

バルコニーの向こうにはブータン仏教の最高位ジェケンポの姿も。
ツェチュ5

天井裏から見ている人達。
ツェチュ6

道化師アツァラが観客席まで来て絡んでくる。
ツェチュ9
ツェチュ11

最終日の未明に大仏画の開帳があるとのことだったが、都合がつかず。
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03/10

プナカゾン近くの河原で、ブータン名物石焼風呂、ドツォ体験!
ドツォ4

石を焼いて、すすを洗って、浴槽に入れる。氷河から流れる冷たい川水もかなり熱くなり、冷めてくれば石を1個追加するだけでまたかなり熱くなる。川沿い、大自然の中で最高の露天風呂!!
ドツォ1
ドツォ2
ドツォ3

03/10

プナカでは、昔プナカゾンを包囲したチベット軍との戦いに勝った記念に当時を再現したドムチェという祭りが行われていた。今日はドムチェの最終日。昼休みをもらって見に行くことができた。
ゾンから戦士が出陣の剣舞を舞い、大将が馬に乗って駆けていく。
ドムチェ4
ドムチュ1

ブータン人はゾンなど公式の場には伝統衣装(男性はゴとカムニという肩掛け、女性はキラとラチュという肩掛け)を着ていかなければならない。特に祭りのときには、数万から数十万もするようなブータンの物価では考えられないような一番いいキラを着て来ているらしい。色とりどりの衣装が鮮やか。プナカは標高1300mと低く、昼はかなり暖かい。日差しも強くかなり眩しい。国営放送BBSで中継中。カメラマンだって当然ゴを着ている。
ドムチェ7
ドムチェ6
ドムチェ5
ドムチェ8
ドムチェ9
ドムチェ10

祭りはすでに終盤で次々と、楽器や幟、お供えの飾りを持った僧侶がゾンから出てきた。ブータン仏教で最高位の大僧正ジェケンポの姿も。僧侶のお供え品を人々がもらっている。行列は川沿いに広場まで進んでいく。
ドムチェ11
ドムチェ12
ドムチェ13
ドムチェ15
ドムチェ14


お祭りは終わりムード。標高4000m以上の中国国境に近いヒマラヤ山中に住み、女性は竹で編んだ帽子を被る少数民族ラヤの方の姿も。彼らは冬の間は山から下りてきて暖かいプナカで過ごしているらしい。
ドムチェ16
ドムチェ17

秘宝を取り返しにやってきたチベット軍に対し、秘宝に見せかけたみかんを川に投げ入れ、チベット兵が川に飛び込んだところを奇襲しチベット軍を破ったという故事にならい、ジェケンポがみかんを川に投げ入れ、みかんを拾えばご利益があると民衆はみかんをとろうと河原で待ち構えている。対岸からみかん投げを眺めていたけれどいつの間にか終わっていた。
ドムチェ18

03/09

昨夜からプナカ出張。仕事が早めに終わったので、30分ほど車で北上したところにあるカムスム・ユーレイ・ナムゲル・チョルテンへ。車道は川の手前までで、吊り橋を渡り、畦道を歩き、丘の上のお寺を目指す。ブータンの農村は本当に日本の農村風景に似ている。30分ほどのハイキングで日は暮れてしまった。現5代国王のお母様が国王とブータン国民の平和を願って建てた新しいお寺でライトアップも綺麗。通りがかったお坊さんに中を見せてとお願いしたけど、17時を過ぎているのでと断られてしまった。ブータンでも仏像が盗まれる事件もあるらしい。仏塔の周りを3周コルラして、帰りはライトを頼りに下山して車まで戻った。
カムスム・ユーレイ・ナムゲル・チョルテン
吊り橋
あぜ道
段々畑
チョルテン

03/06

仏教国ブータンでは年に2か月肉を売ってはいけない月がある。旧正月の月がその一つで今月は肉屋はお休みである。レストランでも基本的には肉を出さない。前任者が通ったメキシコ料理屋が冬の間休みで、行ってみたら再開していたので喜んで入ったところ、お肉はないと。。。豆のタコスでも満足はできました。
メキシコ料理屋

早めの夕食を食べたら、職場のブータン人が新居祝いパーティーをしているので来ないかと。遠慮なくお邪魔する。子どもたちが遊んでいて、自分の子供にもとても会いたくなった。ブータン人は日本人に似ていると言われるが、子どもは特に日本人と似ている。小学1年生の3人はクラスメイトで仲良し。ここでは5歳で1年生らしい。半年や一歳過ぎの子どももいたが、さすがに唐辛子山盛りのエマダチはまだ食べさせないらしい。小学生ともなると上手に手で食べる。
新居祝1
新居祝2

ブータン流のパーティはお酒を飲んでつまみを食べて2-3時間はおしゃべりして、日本人的には満腹になったところでいよいよ食事となる。皆お米を山盛りにして食べる。1回タコスを食べているうえに、酒とつまみで満腹なので少しだけ頂く。
パクシャパー

お祝いにかかせない赤米と、豚肉の脂身たっぷりのパクシャパー。売っていないし店では出さないけれど、肉無月でもお肉はストックしているんですね!肉無月に入る前に買いだめしておくらしい!?丸いのはブータン中央部特産のそば粉のパン。エチオピアのインジェラを思い出させる色。インジェラほど酸っぱくはないが食感は似ている。食事を食べ終わると早々にパーティーは終了となるのであった。

03/05

朝起きるとかなり雪が降っていたが積もってはいなかった。世界ふしぎ発見でやっていたように雪が初めて積もるとティンプーの学校や役所は休みになる。前回雪が積もったのは日曜日だったので、今日が休みになった。町中では雪積もってないんですけど。
初雪

すぐに晴れてきて、案の定、昼には全て溶けた。子どもたちは臨時休校を満喫すべくいつも以上に元気に外で遊んでいた。小中学校の頃の警報みたいなもので、臨時の休みはうれしいよねぇ。
蛭

雪休みで大人も遊ぶ。ティンプーのナイトライフを調査しに出かけました。まずはカラオケバー。ゾンカ語の歌は少なく、ヒンディーの歌を歌っている。カラオケバーの下のクラブへ。水曜だからすいているが水曜は女性入場無料らしい。職場のブータン人がおごってくれたのでエントランスフィーは不明。DJもいて、お洒落なイマドキの兄ちゃんもいて、ちゃんとしたクラブだった。クラブなんて行ったのは何年ぶりのことか!週末はかなり盛り上がると。
カラオケ
カラオケバー
クラブ

03/03

朝はホテルの周りを散歩。一畳もなさそうな小さな雑貨屋、街路樹、ココナッツ屋、観光用ではない人力車のリキシャーマン、髭剃り屋、道端の水道で水浴び、バングラデッシュ大使館の前にあふれる人、道路の真ん中には物乞い、すべてが魅力的なのであった。
雑貨屋
街路樹
ココナッツ屋とリクシャ
髭剃り屋
水浴び
沐浴

ガンガーの支流フーグリ川岸は泥が堆積しているように見えたが人々は沐浴している。

視察を終え、ブータン人に中華の夕食をご馳走になり、翌日早朝の便でブータンに戻ると、人が少なくのんびりした雰囲気で、我が家に帰ったかのようにほっとしたのであった。インドはインドで無限の魅力があるが、有り余るパワーで迫ってくるので2泊で充分な感じもした。若い頃のようにはインドを旅行することはできなくなってしまったのかもしれない。

03/02

ブータンの旧正月休みを利用してコルカタ視察へ。2013年秋から国際線営業を始めたブータン初の民営航空タシエアーまたの名をブータンエアラインズは、1日1便パロからコルカタ経由でバンコクを往復している。国営航空Druk airよりやや安いそうだが、客はガラガラ。drukはいつも混んでいてハイシーズンにはなかなか予約がとれないのに、tashiはフライトキャンセルが時々あり、旅行会社もツアー客の予約をしづらく客が少ないらしい。おかげで直前でも楽勝で予約できた。リトアニアの航空会社の機材とスタッフが提供されていて、フライトは全く問題なし。
タシ航空

コルカタの空港は巨大でとても綺麗だった。17年前に来た時にどんなだったか全く思い出せないほど。街も建設ラッシュで郊外には綺麗なマンションや会社、ホテル、ショッピングモールが立ち並んでおり、横にはベンツが走り、インドの発展が感じられる。
建築

町中に入れば、路面電車が出迎え、アンバサダーの黄色のタクシーとオートリキシャー、サイクルリキシャー、車車車。そこはやはりカオス。ニューマーケットは日曜で休みだったが、周りには山ほど店があり、人人人。マサラドーサとラッシーのランチ。おいしかったけれど、この後が同行者が次々とお腹を下したのはラッシーのせいだと思う。素焼きの使い捨ての器のチャイ屋も健在だった。どの店もFIXプライスで、値下げに全く応じてくれない。インド人をほとんど同じ値段を最初から言っているようでびっくりした。これもインドの発展??
路面電車
ニューマーケット
マサラドーサ
チャイ屋
アイス屋

コルカタといえばマザーテレサの家へ。日本人ボランティアを対象とした日本人シスターのお話があり、ボランティア登録をしていないのに間違って紛れ込んでしまった。話が終わると20人ほどの日本人ボランティア達はツアー会社のバスに乗って帰って行った。どうやらボランティアのツアーがあるようだ。発展しているとはいえ、市場や寺院の近くでは物乞いや路上生活者がおり、マザーテレサの精神はまだまだ必要なようだ。
マザーテレサの家

シスターの話を聞いたらすっかり日も暮れてしまったが頑張って観光を続け、ヒンズー寺院のカーリーテンプルへ。門前にはヒンズーの神様グッズなどを売る店がずっと並んでいる。寺院に入ると定番の勝手にガイドしだす人。絶対にお金を払わないからと言っても、構わないと言ってついてきて無理やりガイドを続ける。寺の外の池まで案内されて、最後に少しお布施を要求されたが笑顔で返すとあっさり解放された。インドもだんだん変わっていっているのだなあとまた実感させられた。
カーリー寺院

タクシーの値段交渉は相変わらず大変だったが、ずいぶん大人になったので多少ぼったくられても乗ってしまう。急げとは言っていないのに、レースのごとく車線変更し車の間をすり抜けていく暴走タクシーだった。5人居たので残念ながらさすがにオートリキシャーには乗れなかった。市場の近くに戻り、人と車のカオスに疲れたので、最高級ホテルのオベロイのレストランへ。高級カレーとワインを楽しんだら、一人8000円くらいのディナーになった。ホテルの中は周囲の喧騒が嘘のように静かで優雅な時間であった。
最後に乗ったタクシーの運転手は住所を見せてもホテルの場所がわからず、何度も道端の人に聞きつつ何とかたどり着いたのだった。
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